- 001 砂漠のような明大前から
- 002 吉祥寺,嵐の時代
- 003 富士見ヶ丘に行き着くさだめ
- 004 吉祥寺でいいデートをするためのガイドライン
- 005 句読点としての浜田山
- 006 町のはんこ屋で考え中
- 007 瀬戸内海から考え中
*2023年2月10日に公開したnoteを加筆修正したもの。
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間が一年空いたとはいえ,井の頭線沿線を生活拠点に定めてから,今年で7年目になる。大学も,職場も,自宅も全部,この短い路線の中から選んできた。そんな私はいま,過去最高に井の頭線エリアへの愛着と関心が高まっている。「井の頭通信」とか題してる,この一連のテキストは,書いてて今まででいちばん楽しいからだ。自分の心の中を反芻させてきた言葉は,とても素直にアウトプットされる。
反復が好きで,同じことをとにかく何度も繰り返すのが好き。朝昼晩ぜんぶカレーでもモーマンタイ。そういうレベルじゃなくて,3カ月くらいなら出てくるごはん全部カレーでもいいよ。その点で,全長12.7kmの井の頭線は私と相性がよくて,吉祥寺-渋谷を20分で往復していく5両編成の車両がなんとも愛らしい。子どもの電車みたいじゃんね。同じことを何度も繰り返す感じもね。
吉祥寺で痛飲した夜なんかは,帰路のため,井の頭線に滑り込み,じんわりと暖かい座席シートのせいもあって,ついつい車内で居眠りしちゃって,吉祥寺と渋谷を反復するリズムマシーンと化す。そして,最終的に辿り着くのがここだ。

井の頭線は,その日の最後の運行を終えると,富士見ヶ丘という駅が終点に切り替わって,富士見ヶ丘駅で運行を終了する。列車の格納庫があるからだ。つまり,すべての眠れる酔っ払いたちは,この富士見ヶ丘という駅で起こされ,駅周辺にホテルやネカフェの類がないことを認め,すなわち自身の現存在と対峙し,途方に暮れるのである。私自身,「井の頭線 駅別降りた回数ランキング」第4位が,この杉並区の最果て,富士見ヶ丘駅だ(1位:吉祥寺,2位:渋谷,3位:明大前)。あなたの知り合いに,井の頭線ユーザーの酒飲みがいれば聞いてみてほしい,きっとウケるだろうから。統計学の誤謬を語るうえでも役に立つケースである。
今日は,東京西部ユースカルチャーの震源地である杉並エリアと,極東のトルストイこと,国木田独歩が愛した武蔵野エリアをつなぐ,富士見ヶ丘に降りてみて,探検してみようと思う。


この景色をしらふで見たのは初めてだった。あなたの知り合いに井の頭線ユーザーの酒飲みがいれば聞いてみてほしい。私と同じことを言うだろう。
夕刻が映える駅舎である。近くから揚げ物の匂いが漂ってくる。各駅停車しか停まらない駅の良さの一つは,駅のホームを出ると真っ先に,こんな生活の香りが飛び込んでくるところにあるだろう。


井の頭線といえば神田川だよね。線路と川の流れは,老夫婦のように,付かず離れず降っていく。そうして神田川は渋谷をかわし,隅田川と合流する。つまり,神田川は,女性的なニュアンスを帯びている。線路に先立たれた未亡人。太宰治が死に場所に選んだのももっともらしい。


駅のコンコースを降りると,荻窪と東八道路を南北で結ぶ,富士見ヶ丘通りが臨む。この街のメインストリートで,ささやかな経済圏がつつましく続く。街並みには,それらを彩る年季が入ったお店が連なっている。









駅を南側に歩いていると,程なくして見つかるのが「地下スナック街 入口」と書かれた看板。

ひと目見て,富士見ヶ丘の最深部だとわかる雰囲気を醸している。
実は去年,新生活を始めるにあたって,部屋を探していたとき,明大前と並んで選択肢にあったのが,富士見ヶ丘の,このスナック街の上に建っているアパートだった。条件は変わらず2LDKで,築年数はそれなりに古いものの内装リフォーム済み。風呂トイレ別で駅徒歩2分,月10万というなかなか魅力的な物件だった。私は正直,その条件と,この地下に構えたスナック街を認めて,ここに住んでもいいかな。と思っていたりしたのだが,ルームシェアメイトの井上が渋い顔をしていたので,その話は流れた。井上は,地下から這い上がってくるゴキブリの群れに我慢できなかったのだろう。このアパートの一階部分にはそのほかにもワインバー,大陸系中華,美容室が並んでいて,内見の時からラードの匂いが薫ってきたのだった。絶対,愉快だと思うんだけどな。



陽が落ちた。写真をぱしゃぱしゃやっているうちに冷え込んできた。こうなったら,酒を飲むしかない。実はもういきたい酒場は決めていた。


こちらのお店は,富士見ヶ丘駅を降りて3歩先にある。私は何も誇張していない。嘘だと思うなら行ってみるといい。どれだけ酔い潰れようが,這いつくばれば電車に乗れる距離なのがいいね。
私は東京に来てから,特になにも努力したことはないけど,挙げるとしたら,こういう,地域に根ざした,いかにも常連に支えられていそうな酒場に,躊躇なく入っていける無神経さだけは鍛えた。鍛え上げた。大概は,その先に愉悦が待っているのだから,臆することもないんだよね。


結局,飲んでしまえばどの街も同じようなもので,このあと芋のお湯割りを3杯飲んだ。よく知らない街でよく知らない大人に囲まれて酒を飲むのが好きなんだなと感じる。それでいうと,私にはまるで趣味らしい趣味ってない。なんかな〜って思う時はあるけど,多少居心地の悪いくらいの居酒屋で座ってるのが趣味なんです。って,言えないね。知らない人には。でもこの時間が一番生きてる感じがするんだよな。って思いながら,次はあの地下スナックに挑んでみようかと画策しているのだった。
