- 000 はじめに
- クエスト001 “旅先で知り合った人と一緒にお酒を飲む”
- クエスト002 “一日空をできるだけ記録”
- クエスト003 “現地人をデートに誘う”
- クエスト004 “現地の生の音楽を聴いてほしい”
「現地の生の音楽を聴いてほしい」
この「クエスト」は、海外旅をはじめる直前に自宅の近所の美容院でカットしてもらった時の担当のお姉さんに「なんかクエストくれませんか」と頼んだところ、与えてもらったクエストだ。
このクエストは、クリアしようともしてないくらい想像以上に完全に楽勝すぎたから、一つではなくて、いくつかの国別に列挙する。
1.タイ/バンコク各所
この国の首都バンコクは、夕方6時以降、なんのアテもなく気ままに歩いていたら、15分に一箇所はナイトマーケットに出会う。
タイのナイトマーケットは、日本でいうフリーマーケットのデカい版みたいな感じだ。食べ物の屋台、古着、雑貨、電化製品、射的などが雑多に並んでいて、
そういうところでは必ず生音楽もセットになっている。
日本的な感覚でいうと毎日祭りやフェスがある感じだけど、現地人に聞いたところ、別にお祭りとかじゃなく、ただ毎日の生活のため・お店として出してるだけ、とのことらしい。
外国人向けに開かれたナイトマーケットや、観光ガイドブックに載ってるようなナイトマーケットで演奏される曲は、オアシスやレディオヘッドといった、世界的に有名な定番ナンバーのカバーがほとんど。
ガイドブックに載っていないような、現地人しか来ない地元のお祭くらいの規模のマーケットに行けば、観客が5人くらいしかいない中で演歌っぽいスローでムーディーな歌を絶唱してるおじいちゃんのステージに出会える。離島の外れにあるクラブなんかにいけば、現地人しかノリを理解できなさそうなタイ語版人力テクノを演奏するバカテクバンドに出会えたりする。
2.インド/コルカタ・サダルストリート近く
インド・コルカタのバックパッカーの聖地と呼ばれるサダルストリートから少し歩いた先の路上に、小さなお寺+簡易ステージみたいな規模感で4〜50才くらいのおじちゃん約5名が、エレクトリック大正琴や見たことのない打楽器や手のひらサイズのシンバルを演奏しつつ、5名中4名はコーラス・1人はメインボーカルって感じで、延々とワンコードで人力サイケデリックトランス音楽を演奏していた。
そのステージの前には「聴きたい人は聴けば」みたいな感じで5つほどのプラスチックの椅子が置いてあったので、2時間ほどそこに座ってうんうんいいねとノッていた。
同じくコルカタにある「世界最低の風俗街」と呼ばれるソナガチというエリアに寄った時も、街の中心部に小さな野外ステージとPA機器、客席が設置されていて、おそらくそこで住み働いてる多様な年齢の女性たちによるダンスにも出くわした。
おもしろいなと思ったのは、ステージの上にはダンスを披露する彼女たちはいなく。そこにはおそらく人権団体の長っぽい女性や、偉そうな雰囲気のおっさんたちが座っていて、そのステージの下の広場から、ステージの上に向かって、彼女たちはダンスを披露していた。客席に向かって披露するんじゃなくて、ステージに向かって披露をしていた。その手前に自分たちがいる。それは不思議な体験だった。これに近い話で、バラナシの話がある。
3.インド/バラナシ・ガンジス川沿い
コルカタのあとに寄ったガンジス川で有名な土地バラナシは、毎晩川沿いのライトアップされたステージで「プージャ」と呼ばれる盛大な礼拝が行われる。燭台に火を灯し、音楽が奏でられ、礼拝僧(バラモン)が祈りを捧げる。これも、ステージに立つものたちは集まった観客側ではなく「川の方」に向かって行ってる。
礼拝だからそうすることは頭では理解できる。でも、ステージから観客に向かってパフォーマンスされるライブやクラブに慣れていると、なんだか刺激的だった。「こちらに向かってパフォーマーが演奏してる」のではなく、「何かに向かって演奏してるパフォーマーと一体化する」感覚の音楽。パフォーマンスに対する受け手ではなく、パフォーマンスと一体する感覚。観客たちと一体となる感覚。なんだか落ち着く音楽体験だった。
4.エジプト/カイロ
エジプトでは毎日5回のアザーンを聴いた。
アザーンとは、イスラム教の寺院(モスク)から流れる「祈りの呼びかけ」みたいなやつだ。イスラム教徒は、1日に5回の礼拝を行う義務があって、その時間を知らせる呼びかけとしてアザーンがある。これはチュニジアでも、モロッコでも、イスラム教徒が住みモスクがある地域ではどこでも流れる。街中に聴こえるような大音量で流れるからマジでうるさいという人もいるけれど、自分は異国に来た感じがしてかなり好きだ。
5.モロッコ/シャウエン・ハマム広場
イスラム教と一言で言っても厳格さは国や地域によって異なる。モロッコの山奥にある青の街シャウエンはややゆるい感じで、アザーンよりも街の中心にあるハマム広場沿いのオープンカフェでごはんを食べてると毎回近くで演奏される謎の民族音楽演奏隊の方が印象的だった。彼らは勝手に演奏して演奏が終わると席に近づいてきて「聴いたんだからチップをよこせ」と言ってくる。余談だけど、「路上音楽のあるところ」には、どの国にも必ずと言っていいほど「大麻の売人」が無数にいて、一生話しかけられる。一日に10人は話しかけられる。無粋にすると怒られ崖から突き落とされそうになる。だけど別の場所でまたバッタリ会うと友達みたいなテンションでよー久しぶりと話しかけてきたりもする。猫もたくさんいる。1日中、山のふもとで生搾りオレンジジュースを作って激安で売ってるおじいちゃんもいる。世界で一番美味しいジェラート屋さんもある。丘の上の教会近くの塀に1日中しょんぼり座ってお花を売ってる女の子もいる。シャウエンは謎に満ちた街だった。
6.ドイツ/ケルン旧市街 Papa Joe’s Jazz Lokal
この街にはドイツで最も古いジャズバーの一つがあると聞き、その前に滞在してた街ドイツ・ベルギーからバスに乗って訪れた。
Papa Joe’s Jazz Lokalは、客席は隣の人と肩が当たるくらいの狭さで、内装はヴィンテージ。メンバー全員おじいちゃんのジャズバンドの演奏が、目と鼻の先で行われる、地元民にずっと話しかけられる、楽しい空間だった。演奏は上手いとか下手とかそういう次元じゃない感じがした。ここで気持ちよく酔っ払ったあと、一人で夜の旧市街をフラフラして、ホテル前の路上に座って一服する時間が楽しかった。そこで、自分は、人と会うことも、現地の人と交流することも好きだけど、なんだかんだこういう一人でしみじみする時間も好きなんだなと思った。
「現地で生の音楽を聴いてきて下さい」というクエストをクリアしながら思ったことは、結局のところ、旅の中で一番親しんで聴いていた音楽は、生音楽ではなかった。ということだ。旅先で出会った人や、昔から何度も繰り返し聴いてる曲を、移動中のバスや、美術館や、小雨が降る旧市街の雰囲気に合わせて選んで聴く瞬間。そういうことが、本当に自分は好きなんだなと再確認した。
でもそんな、自分の世界に入ることの楽しさに浸るような音楽の楽しみ方というのも、あてもなく旅をしていたどこの街にも路上音楽が無数にあったことから来てたのかもなあと思う。
ドイツ・ベルギーは、一人で広場のベンチや公園のベンチにヒマそーにボーっと座ってたら誰かしらが友好的に話しかけてくれる国だった。いつでも誰かと話せる状態、いつでも誰かが話しかけてくれる状態、それはとても嬉しいことだ。でもだからこそ、そういう環境の中で自発的に一人の世界に入ることが、自分はかなり好きなんだな、と思った。これはかなり贅沢で、豊かな時間だと思う。
世界中の路上で音楽が鳴り続けててほしい。その分だけ、一人で聴く音楽の価値がより上がるから。
環境にあわせた一人DJが捗るから。
クエスト004 “現地の生の音楽を聴いてほしい”
クリア
次回、
クエスト005 “一晩を共にしてこい”