- 000 はじめに
- クエスト001 “旅先で知り合った人と一緒にお酒を飲む”
- クエスト002 “一日空をできるだけ記録”
- クエスト003 “現地人をデートに誘う”
- クエスト004 “現地の生の音楽を聴いてほしい”
- クエスト005 “一晩を共に過ごしてこい”
「一晩を共に過ごしてこい」
マイ・フレンド、もぐちゃんからのクエスト。
1.タイ/バンコク/サトーン・イスラム地区
この二カ月の世界放浪旅の準備をする際、「どうせたくさん移動して退屈な時間が出来るだろう」と、「そういう時間を有効活用してやろう」と、普段では難しくて読めなかった本を20冊近く、バックパックに詰め込んで、飛行機に乗り込んだ。難しいけど、読みたい。読むべき。と思っていた本たちを。
ある昼、そういう本たちを、全部、段ボールに詰めて、ガムテープでグルグル巻きにして、小脇に抱えて、バイクタクシーにまたがり、バンコク中心地の郵便局に行き、日本に向けて、国際便で送り返した。
なぜか。
「全然いらねえ」と思ったからだ。
本より面白いことが、無数にあるわ。
と思ったからだ。
タイで「一晩を共に過ごした」次の日は、そんな感じだった。
2.インド/コルカタ/空港にて
あの面白いと話題の国インド。どれだけ面白い思いをさせてくれるんだろうな。と期待に胸を膨らませながら着陸、飛行機を降り、滑走路から空港ターミナルビル入口へ足を踏み入れる。早速、無造作に転がっているぶっ壊れた回転チェアが出迎えてくれて、ワクワクした。日本の普通では、空港ターミナルビルのあらゆる場所に壊れたものは点在しない。「面白くさせてくれそうだ」と思った。
搭乗した飛行機の隣席の自称インド人の青年は、フライト中ずっと話しかけてきていた。
「見て、俺インスタのフォロワー何万人もいるんだよ。ほら、これ俺の家だよ。遊びに来ていいよ」そういって見せてくるインスタの画面には、豪邸のような家にライオンの剥製のようなものが立ち、そこに肩を寄せ、カメラ目線の真顔で親指を立ててる彼がいた。
面白いやつがいる〜と思いながら、機内で適度な距離感で談笑していたけど、入国審査の際もずっとくっついてきてて、インド人専用の入国審査レーンにも並ばず、「お前が入国できるまでずっと一緒にいてあげるよ」と、入国審査場近くのベンチでずっと見守ってるところから「やや、怪し」と思い、やや、距離を取っていた。
入国審査の列に並ぶ。自分ともう一人日本人青年がいて、入国審査に引っかかってる様子だった。入国用の英語のやりとりがおぼつかないようだったから、自分がわかる範囲で代わりに対応した。
入国ビザのなんらかで、いくらかのお金が必要らしかった。
審査官に「お前らは友達なの?」と聞かれ、いや、友達ではないと言うのもめんどくさいことになりそうだと思い、そうそう友達友達。だから一緒に通してくれる? と伝え、しばらく待つと、二人の名前が書かれた一枚のカードを渡されて、無事入国審査通過。
「個別に渡されるんじゃないんですね」「友達ってことになってるみたいですね」と笑い合い、深夜12時を超えた時間だったこともあり、リスク回避のためにも、市街地までのタクシーを相乗りしましょうと提案。
しかしこのショーゴという青年、無計画な男で、「特にホテルの予約はしてない」「現地に着いたら適当に見つかると思ってた」と言っていて、いやあこんな夜中に慣れない国でフラフラするのは危ないから、一旦自分が予約してるホテルで一緒に部屋取りなよと誘う。
深夜3時、コルカタ中心部、荒すぎる運転のタクシーから無事降りて、予約済みのホテルに到着。入口のドアは施錠されていて、ドンドンと叩いて従業員を起こし、ドアを開けてもらう。マジで眠い。勘弁してくれ。という顔で、チェックイン時間は過ぎてるよ。と受付のお兄さんに言われる。
彼も泊まりたがってるんだけど、もう一部屋空きない? あるよね? と聞くと、いや、まじでない。つか、二人で一緒に泊まればいいじゃん。と言われ。じゃあ仕方ないか。と、
出会って30分後に、一つ屋根の下で就寝。キングサイズのベッドで、一つの布団の中で。それは、おもしろくて、刺激的な、インド旅の幕開けだった。
──そしてこれら一連の行動は、「一晩を共にしてこい」という指令が頭のどこかにあったから、自分で自分を動かして、辿り着いた出来事だった。
彼とは翌日一緒に「失神カレー」という俗称で有名なカレー屋に行き、向かいにあった路上のチャイ屋でチャイを飲み、いくつかの情報交換をして、あえて一緒には回らず、解散した。
同じ町に同じ期間いるんだから、どこかでバッタリ会えた方がおもしろいだろうと思ったからだ。
だけど、彼とは結局、その日を最後に一度も会わなかった。
彼は自分よりもはやいスピードでインド名所を巡り、帰国する際に「結局会えなかったっすね〜」と、自分と思ってたことと同じような連絡をくれた。
インドは色々面白いところがあって刺激的だったけど、なんだかんだ、入国直後に、会ったばかりのお兄さんが話しかけてくれて、ヤバいタクシーに一緒に乗って、一緒にホテルに泊まって、一緒にカレーを食べてお話をした初日が、ほかと比べてもかなり色濃い思い出です的な連絡をくれて、「俺も同じ気持ちだよ」と返した。そのやりとりは未だに思い出深い。
俺たちは会った瞬間から友達だったから。
3.ポルトガル/アソーレス諸島/ポンタ・デルガタ・ナイト
その島は延々と雨が降る行楽地だった。
アゾレス諸島(アソーレス諸島とも呼ぶ)、ヨーロッパとアメリカの丁度中間にある、日本人の大半が行くことのない、謎の多い、いくつかの島々で構成された、絶海の諸島。
その謎めいた魅力に惹かれ、長年あこがれ、やっと辿り着いたそこは、連日雨が降り、島の魅力として提案されるいくつものアクティビティ(アイランドホッピング・登山・カルデラ体験・バイクで島内巡り)などのすべてが不可能で、連日、ほぼ、ホテルに籠もるしかやることがなかった。完全に、来る時期を間違えた。そう、オフシーズンの真っ只中だった。
泊まっていたホテルの相部屋と共用スペースには、連日、「マジ、来る時期間違えた」「やること、なんもない」「何しにこんなとこまで来ちゃったんだ」という、宿泊者とホテルスタッフたちの、語らずとも同じことを考えてることがわかるような、独特なマヌケムード、アホたちの集い感、が漂っていた。
それはそれで、雨の日が続く夏休みのようで、指導員のいない文化部部室の放課後のような、ダラダラすることを完全に許されてるような雰囲気で、案外悪くないなとも思い、過ごしていた。
島を出る最後の日の前日、ヒゲモジャで大きなバックパックを背負った青年が相部屋の新たな住民になった。彼は荷物をほどくとすぐに自分と、自分の隣ベッドの女性に、「この島でオススメのやることは何かある?」と聞いてきた。
隣ベッドの女性とルームメイトになってからは3日近く経っていた。けど、僕らはこの時はじめて言葉を交わした。
青年はポーランドから来たヤコブといい、女性はフランスから来たキャシーといった。
雨ばっかでなんもやることないよ。お前は(俺たちも)来る時期を間違えたよ。という共通の話題で盛り上がり、でもそこの植物園は鶏が沢山歩いてていいよとか、北の方にデカいスーパーがあるよとか、時々晴れるけど一瞬で雨が降るから出かける時はタイミングを見計らって即出かけなきゃダメだよとか、海沿いの戦争博物館も結構おもしろいよなど、でもまあやっぱりとにかく、こんな時期に来るのは間違いだったよと繰り返して、新参者のヤコブに色々なことを教えた。
そうして三人による楽しいおしゃべり時間が生まれて、楽しい〜、と思ってたけど、十数分ほどでピークが終わり、じゃあそろそろ各々で、みたいな雰囲気になり、解散、という感じになったけど。「いや、こんなすることが何もない島。最後の日。せっかく盛り上がった二人と、もっと仲良くなりたいな」と思い、共同の冷蔵庫から、近所のスーパーで買ったワインを取り出し持ってきて、それぞれで個人行動をはじめようとしてた二人を個別に捕まえて、「一緒に飲まない?」と声をかけた。
バカみたいに酒が強い(という印象の)ポーランド人と、ワインにうるさい(という印象の)フランス人が、「こんな軽いの飲むの?」「こんな安いの飲むの?」という、イタズラっぽく笑いながら、イメージ通りのリアクションをしてくれて、それがまず嬉しかったことを覚えてる。
それは、イヤミではなく、諧謔的に、やや皮肉的にも笑わせるため楽しませるために、自分の出身国が自国以外の国からはこんな風に思われてるんだろうなっていう典型的イメージを誇張した、優しいユーモアだと、そんな風に自分の目には映った。友達になれそうな二人だと、すぐに思った。
こんなんじゃ足りないねえと数分で飲み干し、僕らは海沿いのスーパーに向かった。ヤコブはウォッカを大瓶で買い、キャシーはオレンジジュースを大パックで買った。俺は瓶ビールをダースで買った。
港沿いのベンチに座り、ウォッカをラッパ飲みで回し飲みし、オレンジジュースを直後に飲み、口の中でカクテルを作るようにした。これがヨーロッパ式の飲み会のやり方かと笑った。
じゃあ今度は俺がお気に入りの場所を紹介するねと、この島に到着してはじめに気に入ったカフェに二人を連れて行った。
ビールを飲み、ケーキを食べ、でも何を話したかは覚えてない。ただ、ずっと楽しかったことは覚えてる。
昼に飲み始め、ホテルに戻ってからも共用キッチンで三人で飲み続け、俺はすぐにつぶれて、トイレで数十分吐き続け、グロッキー状態でキッチンに戻ると、二人が平気な顔でまだまだ飲み、なんらかの議論をしていたのを、よく覚えてる。
シェアルームに戻り、キャシーが手持ちのブルートゥース・スピーカーで好きな音楽を爆音で流して、みんなで踊りあった。順番に好きな音楽を流しあった。
それは、バンコクのバカでかい低音が響くクラブや、インドの祭りの中でのトランス的な音楽体験ともまた別の、体が勝手に動きだし、楽しくなり、一体感を味わう、DIYなパーティーだった。
順番に踊り疲れて、ベッドの上から動けなくなって、それぞれ布団に入って、電気を消して、ヤコブは一番最初に眠って、キャシーはそれでも音楽を流してた。
夜に合うような、寝る時間に合うような、静かな音楽を流してた。
俺はずっとキャシーの選ぶ曲が刺さっていて、全部褒めながらApple Musicで検索をして、キャシーはそれぞれの曲の思い出を話しながら曲を流してくれた。そして曲が終わる度に毎回、「次はあなたのターンだよ」と言って、選曲の権利を渡してきた。
自分が包まれていた感情は、はじめてキャンプ体験をした小学生の頃の、真っ暗闇のテントの中で、友達3人で肩を並べて横になりながら、笑い話した夜みたいな、少年回帰の感情だった。本当は結局、こういう時間があればそれだけで人生は幸せなんだよなっていう、原体験に近い感覚だった。そしてそこに、異性としての意識も混ざって。
最後は、まだ起きていられたけど、彼女の選曲を聴きながら眠りにつきたくて、返事ができないくらい酔っ払ったフリをして、「ねえそっちのターンだよ」と繰り返す声を聴きながら、眠りについた。それは本当に心地よい、幸せな瞬間だった。
クエスト005 “一晩を共に過ごしてこい”
クリア
次回
“ヘンテコな服の写真を10枚集める”