くつわ堂総本店の喫茶室

高松市の中心部に,東西と南北に延びたアーケードが交差する街区がある。2つのアーケードが交わる空間はドーム型の広場になっていて,その日はマルシェが開かれていた。

撮影・画像提供:iart0916

ただ単にアーケードといっていいかどうか。建ち並ぶブティックの醸す豪華なオーラや,旧・百十四銀行本店などの建築が残る街並みからは,高松を巡る旅のなかで感じた「景観」への古格のある美意識がある。

その広場のすぐそば,明治元年創業の和菓子屋「くつわ堂総本店」に入った。訪れた目的は,2階と3階に併設された喫茶室だ。

2階の窓は大きくとられている。自然光が豊かに差し込み,フロア全体を見渡せるようになっている。窓の外には高松三越の外壁が見え,それがカーテンの模様のようにも感じられる。隣の三越も相当に年季の入った外観だが,こちらの方が築年数が古いとのことだった。

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スキップフロアを上がった3階は雰囲気が変わり、シックな空間が広がる。照明は落とされ、大理石の柱や鏡張りの壁が静かに光を反射している。

壁面には先代のオーナーがコレクションしたという猪熊弦一郎や李 禹煥,山口啓介などの絵画が飾られている。直島の美術館をめぐり,実際に彼らの作品を見た後だったので,また異なる印象を受けた。

テーブルとチェアは,「桜製作所」のもの。

深く身を預けるとしっかりと木材の堅さを感じる。何時間でもゆっくり考え事ができそうな椅子だ。これも,旅の目的地のひとつ,栗林公園の商工奨励館で座ったものと同じだ。

初夏の瀬戸内の風景や芸術作品,城下町の豊かな伝統文化に支えられた美しい街並みを巡ったあと,旅の終わりにこの喫茶室を訪れたので,それらのエッセンスがこの一室に凝縮されているように錯覚する。

ホテルの会員制ラウンジのような高級感に満たされつつも,ひとりで読書をしていたり,家族でパフェを囲んでいる地元のお客さんたちは普段使いの雰囲気。メニューも気取らない一般的な喫茶店のラインナップ。この空間が日常圏内にあることが,何より贅沢だ。

撮影・画像提供:iart0916

特別な場所に居ると,私の曽祖父の時代,現代よりも豊かだっただろう時代のことを想像する。豪奢な装飾品が煌めき,大理石のファンタジーに人は魅了され,かつての士族たちが戯れる。そんな光景を幻視して、目の前に広がる現実と重なり合っていく。

ある意味で,真の美しさとは限られた者たちの特権だと思っている。その特権的な美しさを一瞬でも我が物にできたと感じた時,私は深い陶酔感に包み込まれる。法悦に浸らせてくれる。